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第27回派遣報告
団長:          柄 俊彦
団員: 歯科医師 田中 良治
田中 延仁
吉原 正人
永田 将昭
有松 俊明
歯科衛生士 藤田 英子
諸岡(松岡)智子
有松 ひとみ
その他 部谷 修
山下 美重子
小川 敢
長田 ひかり

 
活動年月日 2005年 9月18日 2005年9月19日
活動場所(施設名等) Trung Tamy Te,Binh Thanh Dist Trung Tamy Te,Binh Chanh Dist
午前の部 午後の部 午前の部 午後の部
時刻 開始 10時10分 13時30分 8時15分
    終了 12時30分 16時30分 10時00分
派遣団員内訳
歯科医師 7人 7人 7人
歯科衛生士 2人 2人 2人
その他 3人 3人 3人
検診人数 139人 167人 141人
処置した人数 54人 43人 39人
処置内容
抜歯 32歯 32歯 10歯
サホライド 145歯 90歯 118歯
ブラッシング指導 30人



活動報告
歯科医師 有松俊明
1年ぶりのホーチミンはなんとなくおとなしくなっていた。バイクの群れと騒音は相変わらずだけど、整然と動いている感じがした。
 ホテルニューワールド前の公園は独立30周年のバザールが開かれ、道端のごみはきれいに清掃されていた。シンカフェのミトーまでのメコンクルージングツアーバスも昨年の対向車とのガチンコ勝負もなくスムースに運行していた。あまり緊張を感じる必要もない街と思った矢先に夕食を食べに行ったレストランでぼったくりにあった。あーやっぱりここはベトナムなんだと気をひきしめて、翌日からの診療となった。
 今回は日本から歯科医師7名、歯科衛生士2名、歯学部学生2名、中国新聞の部屋さん、事務局長田さんの13名に通訳および現地スタッフ10名そして日本から語学留学している山口さんの総勢24名の大所帯であった。

 9月18日。Cu Chi Districtの ヘルスセンター。

大型バスをチャーターしてホテルから田園風景のひろがるCu Chiに1時間半後に到着。
 途中の道路は車とバイクの車道が分かれていて、しかも2車線になっていた。昨年の車、人、自転車、バイクが混然とひしめき合っていた状態とは大違いだった。診療場所がわからず、せまい道を右往左往して予定時間より遅れて着いたのはご愛嬌のうち。受付、誘導、検診、処置、消毒と役割分担して診療開始。とぎれることない患者の列にエンジンの使用はあきらめ、抜歯とサホライド塗布のみの処置。
 今回も、子供の永久歯の抜歯には躊躇してしまう。3歳以下のランパントカリエスが数人いたのが気になった。食事指導が今後必要ではと感じた。
 昼食をヘルスセンター近くのお宅で近所の奥さんたちが持ち寄った手作り料理をご馳走になった。見た目はちょっとという魚の煮付けも食べると佃煮風でおいしい。
 初日は300人以上の患者さんが受診。最後に柄団長がセンターの所長(?)さんから感謝状を受け取り、無事終了となった。

9月19日Anh Minh Hearing Impairment School

HASHOから5キロにある聴覚障害の子供たちの学校で活動した。日本語通訳、手話の通訳さん2人がついてくれての診療であったが、子供たちがおりこうでほとんども問題なかった。
 日本の学校ではめずらしくなったきちんと整列して、順番待ちしている姿が感動的でもあった。先生たちも指導がしっかりしていて、こちらの活動がしやすいように気をくばってくれて、非常にありがたかった。130人以上の受診があった。

 余談

今回も通訳さんが案内してくれた食堂がどこもおいしく、価格も安かったので紹介しておきます。
 NGOC SUONG(海鮮料理の店。)Quan an ngon(フォー、バインセオがおいしい。)
 Vuon Pho(ベトナム人に人気のガーデンレストラン、鍋がおいしかった。)  

ベトナム派遣報告
有松ひとみ
「何故、ベトナムまで行ってボランティア?」
と聞かれたら、今は明確な答えを出すことは出来ない。
それは、“そこに山があるから・・・”と、ある登山家が答えたと同じシンプルな発想かもしれないし、それだけではない何かに揺り動かされているのかもしれない。確かに言えることは、活動を通じて、学び、考え、次なる脱皮を目指し始動するためのエネルギーと元気を貰った私がここにいること。

一年ぶりの街は相変わらずバイクに溢れ(昨年より交通ルールを守る人は増えた気がするのだが)ラッシュ時の横断歩道を渡るには必死の覚悟がいるし、市場の裏道を通ると道端に魚の臓物や鳥の頭が石ころのようにころがっている様子は以前のままである。しかし、確実に前を見据え、貪欲にこの国は進歩しようとしている。一方、都心部を少し離れると、自然に翻弄されながら、土地に根ざした生活様式を続ける人々が暮らしている。一日目に活動したCu Chiは典型的な地域であった。3800人近く住む村の医療施設は、産児制限とエイズ予防を指導しているヘルスセンターと、産院がひとつあるだけで、歯科医院は存在しない。ヘルスセンターを臨時歯科外来に設置し、2歳から18歳の子供たち300人以上を、柄団長をはじめとする歯科医師と歯科衛生士のペア2組が検診後、処置を決め、5名の歯科医師が抜歯とサホライド塗布を中心とした治療を行っていく。歯科大生2名が器具の整理や消毒を担い、通訳のベトナム学生は誘導にアシスタントに大忙しである。すぐに、吹き出る汗が背中を流れ、ベトナムの暑さに洗礼を受けた感覚が蘇る。多くの子供たちは歯垢や歯石でまみれ口腔状態は悪く、歯科衛生士として何も出来ない無念さを痛感するが、彼らにとって今必要なのは、痛む歯を抜いてもらうことで、この機会を逃すといつになるかわからない切迫感で『抜歯』を懇願する。子供が嫌がるものなら、唾を飛ばし捲くし立て、なだめると言うより脅しながら納得させていく。また、大半の子供たちは泣きながらでも従い、両親に引っ張られていく姿が印象に残った。

二日目のAnh Minh聴覚障害学校は好対照だった。口腔衛生状態は非常に良く、管理も徹底されていた。残念なのは、歯科通院機会が恵まれないために悪化した歯があり、抜歯を余儀なくされていくことである。ハンディキャップを持ちながら実社会で生きていくために、自己健康管理に留意している姿勢が顕著であるだけにジレンマを感じた。検診・治療活動を終えた後、10歳〜17歳の子供たちに話をする時間を設けてもらい、10分程度の集団指導を行った。
私の話す日本語をベトナム語にし、さらに手話で伝える二重通訳の形になった。結局、就寝前の歯磨きを約束する内容のみであったが、先生方は非常に喜び、
「日本から訪れたあなた方を彼らは一生忘れないでしょう。」と結び、何度も何度も握手を交わした。ここで私は改めて、口腔衛生指導とは自分の知識を最大限に伝えることだけではなく、対象者や環境に合わせた引き算からの伝授の重要性にも気づかされた。そして、改めてコミュニケーション、相手に気持ちを伝えるための手段となる言語の大切さを体感した。

帰国して一週間。思いを廻らせている。派遣での楽しみのひとつとなる食事は非常に美味しく、毎回新しい味の発見は期待を裏切られることなく、価格は安く魅力的である。そして、活動を通じて出会う現地の人々はもちろん、チームスタッフとの出会いは、さらなる高揚感をもたらしてくれた。〈感謝!〉

ある作家がベトナム紀行記の中で、メコンデルタを船で渡りながら
「ベトナムの人々はなんて自由なんだろう。」と呟いたら、
「それはあなたが自由だからです。ここの人は決して自由ではありません。
いつも食べ物の心配をして貧乏だし、自然を恐れています。土地に縛られているのです。」という答えが返ってきたという。
今、私が考えるこの国への感想も、ベトナム旅行が可能という経済的・精神
的に安定した境遇を起点にしていることを忘れてはならないだろう。
それを踏まえた上で、本質を見失うことなく、けれど、自己以外の何者にもなれない自分の領域で試行錯誤するためにも、地道に活動を続けていきたいと思っている。

―追記―

来年3月大学卒業予定ですが、最後にベトナム語を履修します。
ぺラ〜ぺラ〜になれるかな??

藤田 英子
今回初めてベトナムでのボランティアに参加する機会に恵まれ、期待と不安で行く前から少し緊張していました。ただ、ベトナムに何度も訪れている団長の柄先生をはじめ、広大口腔外科出身の田中先生と一緒ということもあり、何とかなるだろうと思っていました。しかし、当日は迎えのバスが遅れたり道に迷ったりで、着いたときにはすでに子供達が列をなして待っており、設営もそこそこに診療が始まってしまいました。まごつきながら何とかスタートすると、乳歯だけでなく第一大臼歯の抜歯もあり、聞いてはいましたが日本だったら残せるのにと少し罪悪感を覚えながら、流れ作業のように抜歯をこなしていきました。慣れてくると、ようやく子供たちの表情に目を向ける余裕が出て、皆我慢強く耐えているだけでとても怖いんだなとやっと気付きました。そこからは通訳さんを通してですが、声掛けをして様子を見ながら診療できるようになってきました。思えば当然のことながら、言葉の通じない人相も分からない白衣の人間に痛い事をされるのだから、怖くて当たり前。もっとこちらが余裕を持って接しないといけないなと、反省しながら午後は診療に臨みました。二日目は聴覚に障害を持った子供たちの診療で、通訳さんに手話の先生も加わり、コミュニケーションをとるのが大変でしたが、一日目の教訓を生かし子供のペースに合わせながら診療に当たるよう心がけました。とにかくこの2日間を通して感じたことは、自分が未熟であるために日本で診療に当たっているとき同様、子供たちに教えてもらうことばかりだったなということです。日本に帰ってからも、今回学んだ教訓を生かしもっと勉強して次はもう少し自身と余裕を持って、またベトナムに行けたらなと思います。

2005.9 JAVDOベトナム派遣 を終えての感想
柄歯科医院 歯科衛生士  諸岡(松岡)智子
JAVDOという組織に、そして今回参加させていただけましたことに、本当に感謝しています。ボランティアという形で自分の仕事が生かせ、そしてそのおかげで、何より自分自身が、この精神をベトナムという不思議な国に、そしてかわいいこどもたちに救われたような気がします。
 柄院長が、忙しい日々の診療をおいてまで毎年ベトナムへ向かうその気持ちが今回やっと理解できたように思います。歯科医療者としてというよりも、人間として何か大きなものを感じずにはいられませんでした。この感動を、今後もたくさんの衛生士たちに感じてもらいたいと切に思います。JAVDOの活動を通して、またたくさんの素敵な方々と出遭えましたこと、これも大きな感動です。

 以下、反省点、改善してはどうかと思われます点を列挙致します。

・ 派遣される歯科医師と、歯科衛生士との人数のバランスは大切。
   歯科医師7名、歯科衛生士2名というのでは、歯科衛生士の手が足りません。3名ずつ、もしくは4名ずつというのが望ましいのでは・・・。

・ 事前に訪れる学校の簡単な情報がもう少し分かれば検診の意図が明確になるのでは。(親の承諾がなくても、抜歯は可能か?痛みが出た場合、治療に行ける環境か? 歯磨き状況についてなど)

・ ごみ処理、消毒について、最低限の取り決めをJAVDOから提示してほしい。かなり杜撰でいい加減だったので、今でも胸が痛いです。

・ 自己責任とは言えスタッフ用の救急箱すらなかったので、最低限のものはあってもいいのではないでしょうか。

・ 子供たちにあげていた黄色いTシャツを派遣団も白衣の下に着るというのはどうでしょうか。向こうで通訳してくれるボランティアの学生さんたちには、せめてお渡しして着ていただきたい。

・ 母親への衛生指導が必要であると思われた。時間と人数が確保できれば、絶対にするべきであろう。

・ 抜歯してそれで終わってしまうのでは意味がないので、同じところへ継続して派遣されることを希望します。

今回、長田さんが同行してくださり大変心強く頼もしかったです。食事のセレクト、細やかな日程の取り決めなど、すべてにおいて助かりました。この派遣は長田さんのような方なしでは考えられない気さえします。また、買い物の時間、観光する時間も十分にあり、本当に参加できましてうれしく思っています。3度目のベトナムでしたが、続けて可能な限り参加させていただきたいと思っております。そしてまた、日本でJAVDOの活動を知らせることも必要だと思いますので(こんなに心に響く旅は他にはないので、仲間たちに教えてあげたい)、自分なりにひろめていきたいと思います。
2005年9月ベトナム派遣報告
広島大学 山下美重子
ベトナムという国も言葉も、歯科医療についてもほとんど知識を持たない状態で(ずうずうしくも)今回の活動に参加させていただきました。診療中は本当に簡単なお手伝いしかできず、一緒に行かれた諸先生方や衛生士の方々には多大なご迷惑をお掛けしたことと思います。

しかし、私にとっては非常に貴重な経験となり、多くのものを得ることができました。ベトナムの子どもたちのキラキラとした眼、人懐っこい笑顔、こんな何もできない私にも「治療してくれてありがとう」と両手で握手してくださったお母さん。全てが私を勇気づけ、やる気と自信を与えてくれました。また、派遣メンバーや現地でサポートして下さった方々、通訳のみなさん、多くの素晴らしい人たちと出会い、お話ができたことは今後の財産となることと思います。本当にありがとうございました。

今回ボランティア活動に参加して私自身が感じた今後の課題は、時間や器材・設備の制限、言語の問題のあるなかで、いかにしてインフォームド・コンセントまでも含めた意思疎通を行っていくか、また患者さんの今後の生活をも視野に入れた医療の提供を行っていくかではないかと感じました。歯科医療は一般に緊急性が低いと見られがちで、一定の衣食住環境と健康的な生活が確保されて初めて表面化する問題ではないかと考えられています。それ故、ある程度基盤の整ったベトナム各地やアジア諸国で歯科の問題が今後ますます注目されてくる可能性があるかと思います。そのような状況に際してどのように対応していくべきか、どのような協力を行っていくべきか改めて考えていく必要があると感じました。治療や医療技術のノウハウだけでなく、現地での人材育成や予防医療といった方面にシフトしていくことも重要となってくるでしょう。医療活動が今後ますます発展していくように、微力ながら努力をしていきたいと思っています。
JAVDO2005年9月派遣に参加して
九州大学歯学部4年 小川 敢
JAVDOの活動については、JAVDOのホームページで知り、大変興味を持ちました。私は歯学を志した当初から国際歯科ボランティア活動に関心がありました。歯科ボランティアが行なわれる現場はどのような状況なのか、またベトナムにおける現状を肌で感じたい、との思いから、ベトナム派遣への参加を希望しました。ただ、歯学部4年の学生という現在の立場で、果たして何ができるのであろうか、という不安はありましたが、今の自分にできる最大限の行動をして、できる限り多くのことを吸収してくる決意で臨みました。

ベトナム戦争終結30年と中秋のお祭りで、ホーチミンの街は活気にあふれ、大変な盛り上がりを見せていました。それは戦争証跡博物館の展示から見られる惨状からはまったく想像できないほどでした。急速に発展しているベトナムがそこにある一方、ベトナムの将来を担う子供たちのなかにはさまざまな理由で歯科治療を受けたくても受けられないでいる子供たちがいるという現状を目の当たりにしました。

訪れた施設では、一日目、二日目ともに数多くの子供たちがわれわれの到着を待っていました。実際にはもっと多いと思われますが、これほど多くの子供たちが歯科治療を必要としているのか、と驚愕すると同時に、現地の歯科事情がいかに良くないかが伝わってきました。到着後は受付や検診、治療場所が手際よく設置され、すみやかに診療が始まりました。治療に対する緊張や恐怖のあまり泣き出してしまう子供たちがいましたが、通訳の学生たちが献身的に子供たちのケアをしている姿が印象的でした。子供たちの口腔内は口腔保健指導の重要性を物語っていました。ベトナムの子供たちにも日本の8020運動のような口腔ケアに対する意識の向上を図る取り組みがなされるような支援(すでに行なわれいるかもしれませんが)も必要なのではないかと思いました。また、今回訪れたところを再び訪れ、診療にやって来た子供たちの治療後の様子が知りたいと思いました。

今回JAVDOの活動に参加させていただいたことは、とても良い経験になりました。この経験をさらにいかしていきたいです。今後もJAVDOの活動にかかわらせていただきたいと強く思いました。

9月派遣団長の柄先生をはじめ、同行された団員の皆様、通訳に協力してくださった日本語学校の学生の皆様、現地ホーチミンのHASHOスタッフの皆様、そしてJAVDO事務局の長田様には大変お世話になりました。どうもありがとうございました。また、今回の参加にあたり、このような素晴らしい機会を与えてくださいましたJAVDOの皆様に心から感謝いたします。
ベトナム滞在記
広島大学病院口腔総合診療科 田中延仁
飛行機に乗るのが嫌いで海外旅行はおろか国内旅行も陸路しか利用したことのない私が今回初めて海外に出かける決心をしたのはベトナムという国に興味があったこと、歯科医師として現地で治療ができる機会が与えられることに魅力を感じたからでした。

事前に酔い止めを飲んだので飛行機の中では半分以上寝て過ごし、約5時間のフライトも意外に平気で短く感じました。寝ぼけた目でみたホーチミン市でまず驚いたのはバイクの多さです、信号も無視してノーヘルで走り回る老若男女をみた時初めて外国に自分がいることを実感しました。

二日目はクチ、三日目はホーチミン市内の聾学校で診療を行いました。クチはべトナム戦争の激戦地だったそうですが、現在は美しい水田の広がるのどかな農村で朝早くからたくさんの親子が治療を待っていました。予想どおりカリエスで歯冠の崩壊した歯牙が多く、汗だくになりながら主に抜歯を行いました。それにしてもベトナムの子供の賢いことに感心しました。よく言い聞かされてきているのでしょうか?ほとんどの子が、初対面の私たちに生まれて初めて歯科治療を受けるというのに治療後にはお礼の気持ちを示す子までいます。いままであれほど汗だくでたくさんの人を治療をしたことはありませんでしたが、嬉しい気持ちともっとできることがあるのではとの想いから少しも疲労しませんでした。

ホーチミン市内の聾学校でも同じく検診、治療にあたりましたが上水道のフッ素化の影響やからクチに比べて子供たちの口腔内の状態は良くコントロールされており多くの子がサホライド塗布で済ませることができ、ベトナムの学校歯科保健には希望を感じました。

三日目の午後は現地の日本語学校の学生さんと二人で戦争史跡博物館に行きました。博物館内では意外なほど冷静な展示でベトナム戦争の歴史が淡々と語られており、このアジアの小国がよくアメリカを敗退させることができたものだとあらためて思いました。展示室の最後には平和を望むべトナムの子供の絵がたくさん展示してあり、終戦30年後の今活気のある人びとの姿と重なり合いなんともいえない感動と今回の訪越でそんな逞しいベトナムの人びとに自分が少しでも貢献できたことに喜びを感じ帰途につきました。
2005.9 JAVDOベトナム派遣報告
広島大学病院 口腔総合診療科 田中良治
 今回、歯科ボランティアに参加させていただき、大変、感謝をしております。現在、私は、広島大学病院 口腔総合診療科に所属し、歯科医師臨床研修の場で、生涯研修の第一歩として、1年次、2年次歯科臨床研修医が、求められる歯科医師になるために、日々、教育・指導をしております。その中で、やはり大切に思うことは、卒直後では、自分の技術や知識を早く患者様に適用しようとするが故に、その背景にある経済的・社会的・心理的な要因を、見落としがちになっていることです。今回、このJAVDOの歯科ボランティアを通じて、臨床研修の一環として、卒後、早い時期に、歯科医療の原点を涵養するために、1年以上の歯科医師臨床研修を終えた3名と一緒に参加をいたしました。最初は、言葉も通じないところでの歯科治療をするのは、戸惑いもありましたが、現地の人々は、本当にフレンドリーで、逆に助けられた気がしました。また、ベトナムには、歯科治療が受けられない貧しい子供たちがたくさんいることがわかりました。今後も、歯科臨床研修医が、求められる歯科医師になるために、また、歯科治療が受けられない子供たちのために、このJAVDOの歯科ボランティアに参加させていただきたいと考えております。



特定非営利活動法人 日本歯科ボランティア機構