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第26回派遣報告
団長:         小口 順正
団員: 歯科医師 栂安 秀樹
海野 学
高椅 耕一
林 佐智代
歯科衛生士 太田 真奈美
田中 彩
青木 加奈
その他 福島 祥紘
中村 圭子

 
活動年月日 2005年7月17日 2005年7月18日
活動場所(施設名等) Trung Tamy Te,Binh Thanh Dist Trung Tamy Te,Binh Chanh Dist
午前の部 午後の部 午前の部 午後の部
時刻 開始 8時30分 13時30分 8時30分 14時00分
    終了 12時00分 16時00分 12時00分 16時00分
派遣団員内訳
歯科医師 5人 5人 5人 5人
歯科衛生士 3人 3人 3人 3人
その他 2人 2人 2人 2人
子供達との交流 175人 118人 93人 90人
検診人数 175人 118人 93人 90人
処置した人数 96人 60人 79人 90人
処置内容
抜歯 41歯 29歯 38歯 48歯
グラスアイオノマー 44歯 33歯 16歯 12歯
サホライド 114歯 61歯 117歯 102歯
ブラッシング指導 1人 1人 1人 1人



JAVDOベトナム訪問記           小口歯科医院 小口 順正
北海道のつかぬまの夏の日々の合間、今年もまた雨季のホーチミンに来ていた。皮膚にまとわりつく空気の重さ、ヌックマムとバイクの排気ガスの臭い、汚れた爪とゴムのサンダル、耳に飛び込む南部サイゴン方言などへの確認および馴化作業が進み、気負いも薄れたが怯えも無い自分がいた。同じ時空を漂う旅人としてともに泣き、笑い、縁あってめぐり会えたこのチームとこれから出会う子供たちに幸いあれと、にわかカオダイ教信者に化身し祈った。

ホテルのレストランが6時オープンと30分早くなり、昨年食べられなかった朝食を摂れる幸運に感謝。初日の訪問先はホーチミン市BINH THANH地区の地域医療センター。

内科、産婦人科、歯科などの外来とベッド数250床を有する堂々たる施設。地域行政高官から感謝状などいただき片言のベトナム語で謝意を伝える。初めは子供に挨拶、年令や名前を聞くなどしていたが次から次と押し寄せる人の波に口も利けなくなった。二日目は一時間ほど車で走り、純農村地帯BINH CHANH地区医療センターでの診療。いずれもトイレが水洗だったのは初めてであり、有難かった。二日間で500人の子供の口腔内を見た。どうりでたった二日が一月、二月に感じられたのももっとも。

初日、いわゆるデンタルショックに遭遇。センターの歯科医、内科医らの応援もあり無事回復したが、地方での診療機会も多く、団員の救急処置法の再確認、救急セットの携行、そして何よりマンパワーの必要性を痛感した。また、受診者多数の場合、消毒の時間短縮が成否につながる。消毒5分、滅菌10分のアセサイド使用にして格段と迅速になった。基本セットは診査でつかったセットを各セクションに患者に持たせるシステムにしたことから使用量を減らせた。

一日半の診療予定が二日のスケジュールとなっており、シャワーもそこそこにぬれた髪でのチェックアウトになった。コーディネートしてくれるHASHOのMs.Chauにはオーバーブッキングという意識がなく、善意でのことなのだろうが患者に追われる治療で落とし穴にはまらぬよう、常に危険が伴うことを話し合う必要があると思う。

サイゴン川の水をひしゃくで汲み出すようなわれわれの行為が彼等のためになるのかと、参加する団員の多くが感じると思う。ボランチアのあり方とはかくも難しきものなり。

帰国し高齢の患者から「先の戦争では御地の方々に多々ご迷惑をかけた。先生がこうして向こうの人のために、力になってくれてうれしい。自分ではもう無理だが。」と言われ、ぐっと胸に詰まった。

今回、新潟明倫短大歯科衛生士科福島教授と優秀な学生中村さんにご参加いただき、新たな刺激となった。JAVDOの活動の理解者と
なっていただき、お互いの視野を広げるため是非継続して参加していただければと希望する。

4回目となると痘痕も笑窪(あばたもえくぼ)から少しまともにこの国に対峙できるようになってきたように感じる。
潮時はいつかと思っていたが、また来年も参加してみよう。

ベトナムでのボランティア活動に参加して    明倫短期大学歯科衛生士学科 福島祥紘
 初めてJAVDOの活動について情報を持ったのが今年の5月。それから、わずか2ヶ月のうちに実際に活動に参加して、こうして今その感想文をしたためようとしているのが不思議に思われる。
  
  私がJAVDOに関心を持ったのは、実は本学が来年から3年制に移行するにあたり、新しいカリキュラムをどうするかを考えていたからであった。「国際歯科医療論」という選択科目(実際は海外研修を主体とする)をつくったのはよいが、一体どこに行くべきか?
 韓国、台湾、ニュージーランド、カナダ等々、色々の案があった。
 しかし単なる海外旅行ではない研修の名に値する場所を捜すべきではないかという想いがあったのである。それで、早速藤岡先生に連絡をしてみた。学生研修の場として利用させていただくわけにはゆかないか、それには、まず見学調査の形で参加することが可能かどうかをお尋ねしたのである。答えは快諾であった。実は、私は臨床医ではなく、40年以上病理学を専攻してきた基礎医学者である。今更の臨床には自信がない。しかし、40年前ではあるが、学生の頃日本の中の無歯科医村でアマルガム充填をやりまくった経験がある。それに、2回にわたってインドに合計9週間、研究の為ではあったが一人で生活をしたことがある。暑い途上国には少しは慣れていることもある。しかし、これではなあ〜と思い悩んでいたところへ、卒業論文のテーマに途上国の歯科事情を考えていた学生(入学前に歯科助手経験があった)が、どうしても行ってみたいと言うではないか。これで決まった。目的は三つ。
1)ボランティア歯科医療活動に参加する。
2)本活動の中に、学生が主体的に参加できる場所があるかないかの調査をする。同時にホーチミン市の歯科大学と連絡をとって、研修活動が可能かどうかも見てみよう。
3)学生は卒業論文の資料を獲得する。
  
  しかし、実際は大変で、JAVDOの事務局や今回の団長の小口先生には御迷惑をかけたことと今反省している。現地集合の形をとったため、異なる旅行計画に伴う細かい行き違いなど、JAVDOと現地のHASHOとメールと電話で何度も問い合わせることとなった。あらためて、感謝しております。
  新潟発ソウル経由大韓航空の格安便利用は、現地到着夜の11時30分、帰国便は深夜の1時10分(実際には事故のため午前2時30分発)。HASHOのNgiaさんの出迎えがなければ危ういものがあったと思う。学生研修には大丈夫か?と思ったことも何度かある。
  2日間の活動は前代未聞の500人近い子供をみるということになり、夫々の参加の先生方が書かれると思うので内容は省略。私自身は小口先生とともに最初にすべての子供の診断計画作成に参加。といっても、実際はすべてを小口先生がやり、私はその周辺をうろちょろするばかりで、かなり邪魔になったであろう。学生は小口先生のアシスタントをこれは予想以上に立派にやっていたのでホッとする。日本の40〜50年前の田舎の子供達の状況と似ていることもあり、懐かしくも思えた。先生方が帰国した翌日、ホーチミン市の歯科大学(550万人の都市に一ヶ所のみ)のラン副学長にお会いする手筈を整えて頂き、HASHOのCHAUさんと通訳のLIENさんとともに向う。ラン副学長が実は病理学が専門のため、共通の友人も多く、話は盛り上がり、学校間の提携も含めてうまくいったことは嬉しい事であった。
  総じて、今回の活動は大成功であったと思う。ここに至るまでの藤岡理事長や全ての先生方、事務局の方々の御苦労は並大抵のものではなかっただろうなと思われる。すごい! 素晴らしい! 何度でも賛辞を呈したい。
 今までのレポートにも述べられていたC3での抜歯を含めて、ベトナムの口腔衛生事情には感想を持った。しかしボランチア活動としては、当分この形でゆくしかないのではないか。もし、NPOを離れて、日本の外務省・厚生労働省とベトナムの医務課と連携が可能であれば、昔、日本で行った〈6才臼歯〉の全面的保護活動を展開し、13才以降の永久歯列完成時からの徹底的なブラッシング指導(ベトナムには、コルゲートの会社が大学レベルでは浸透している)をするべきであろう。
  私の課題である〈海外研修〉の場として適性であるかどうか? あまりにも忙しいこの治療活動のなかでは、学生の能力ではアシスタントは勤めにくいように思えた。しかし、先生方は一様にやり方によっては賛成と言って下さる。
 今回の治療では治療しなくてもよいとされた子供達が数十人いた。この子供達はJAVDOのTシャツをもらいに来ただけとなったが、この子供達を集めてブラッシング指導をするのはどうか? 他の班では行っていたようであるが、もしも、小口先生方と今後も御一緒するのであれば、ここに、大学の教育系歯科衛生士と学生の参加する余地があるのではないか? ホーチミン市の歯科大学の臨床実習(大学は夏休みに入っていた)をみると、歯学部の学生と歯科衛生士の学生2人がペアで治療診断にあたっていた(Dr.は監督するだけ〉が、この学生達と交流できれば、
ベトナムでの研修も意味があることになるだろう。
 帰国後、本学の臨床教授を勤めている歯科技工士の先生に乞われて話をした。ところが、彼の滞米時代の友人が,ホーチミン市で技工所を開いているという。「先生、来年は私も連れていって下さいよ。」「う〜ん、一緒に行きますか。」来年も行けるとすれば、今度は本学の口腔外科のDrも行きたいと言うし、話は益々、広がってゆく。とはいうものの、本学は私立。経済面も含めて、更に検討してみようと考えている。

   JAVDO歯科ボランティアに参加して
明倫短期大学歯科衛生士学科  中村 圭子
 7月17日、18日の二日間JAVDOでの歯科治療ボランティアに参加させて頂きました。

 初日は約300人の子供達がひっきりなしに訪れました。不安そうな表情、なかなか椅子に座りたがらない兄弟を前にした私は、まず目の前にある自分のやるべきことをこなすことで精一杯で、周りの空気を読み取ることなど全く出来なかったかと思います。 しかし、10人、20人と先生の検診結果をカルテに記入してゆくうちに、私は顔を上げようやく気付きました。診療所にやってくるベトナムの子供達は栄養状態の悪さ故でしょうか、異様に体が小さいのです。 ベトナムの人々は、全体的にコンパクトにまとまった容姿の方が多いのですが、それにしてもやはり首を傾げるケースが頻繁に続き、どう見ても8歳位の子供が実は13歳だったという事実、その上、その子の6番を抜歯せざるを得ない状況には、多くのことを深く考えさせられました。

 貧しさとは無縁の国に生まれ育ち、飽食の時代を闊歩する自分は今一度日本の辿ってきた道を振り返り、今後はこれから発展を遂げようとする人々に対し、医療という形で、無償の愛を届けることのできる心の余裕を持ち続けられたらと思いました。

 最後に、不慣れな私を温かい笑顔と高いプロ意識で導いて下さった小口順正先生、ベトナム行きを勧めて下さった福島祥紘先生、そして、今回の活動で苦楽を共にした全ての方々に心より感謝し、また、今後もこの活動に参加させて頂き、再び皆様にお会いできることを願っております。

 ありがとうございました。

    ベトナムボランティアに参加して
つがやす歯科医院  高橋 耕一 
私は今回初めてベトナムボランティアに参加したのですが、そこには今まで見たことのない世界が広がっていました。生粋の道産子である私にはなじみの無い暑さ、無数に走り回るバイク、ベトナムの紙幣の0の数の多さ・・・しかし職場の人に以前からベトナムの人っぽいと言われて続けている私はベトナムの風景に溶け込むまでそう時間はかかりませんでした。

初日はボランティア活動もなくホテルの周りの街中を散策し市場などで地域の経済に貢献!?しました。バイクにひかれそうになりながら何とかホテルに戻り、学生ボランティアの方との夕食を終え、早朝の出発に向け早めに就寝しました。

二日目、ホーチミン市内のなかなか設備の整った施設に到着。器具の準備を終え、いざ診療開始か?と思いきや私がカルテをホテルに忘れ慌てて取りに戻りました。診療場所がホテルの比較的近くにあったのが不幸中の幸いでしたがスタッフの皆さん、子供たちに迷惑をかけてしまい改めて反省。日本からは300枚カルテを持っていったのですが一日で無くなってしまいました。口腔内診査チーム、抜歯チーム、充填チームに分かれ私は抜歯チームに配属されました。小口先生のてきぱきとした診断の下、診療は比較的スムーズに行われましたが、時間が経つにつれ子供の数が増え治療内容が変更になることも度々ありました。過去にベトナムボランティアに参加した先生方が言っていた通り、私も最初は日本で残せる歯(主に乳歯ではあるが)を抜くことに抵抗を感じ、ボランティアで来ているのに本当にこの子たちのためになっているのか?と自問自答しながらの診療でしたが、この子供達を診れるのは今日一日であること、無理に残して充填してもカリエスが大きすぎていずれ痛みがでるであろうこと、そしてなにより日本の医療に何かを期待している親、子供の瞳に対して何かをしなければならないという雰囲気の中、黙々と抜歯したのを思い出します。

三日目はホーチミン市から車で一時間ほどの施設に行きました。途中、周りに何も建物が見えなくガタガタの道を走っているときはどんな所に行くのだろうと不安になりましたが

なかなか立派な施設でした。この日も昨日同様に抜歯がメインでした。実質たった二日間の診療でしたがベトナムの歯科医療の現状を知ることができ大変貴重な経験ができた事に対してJAVDOのスタッフ、ボランティアの学生さんに感謝しています。ありがとうございました。



特定非営利活動法人 日本歯科ボランティア機構